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ごくたまに書く、「蒼空之館」向けのブログ。 コンサネタもあり。
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「ただいま、秋葉原からお伝えしております。救急車が一台、また一台と現場に駆けつけ、負傷者を搬送していきます。今日は歩行者天国が行われており、たくさんの人がひしめいていて、立ち入り禁止のテープに沿って、人だかりができています……」
 テレビは秋葉原の混乱した様子を伝えていた。男が通行人を複数刺したらしい。心肺停止の人が何人かいる。男はすでに取り押さえられた。暴力団の組員だと名乗っている。様々な情報が錯綜して、現場のリポーターばかりか、スタジオのアナウンサーまでもがやや興奮気味に事件の情報を繰り返し伝えていた。テレビカメラも半狂乱になって事件現場を撮影しているように見えた。スタジオと現場とVTRが代わる代わる映し出される様子は、回り灯籠が描き出す、延々と続く光の文様のようだった。
 淳(あつし)は直感的に、しまった、先を越された、と思った。
 別に、淳が何か具体的な計画をしていたというわけではない。ただ、何とかして社会から圧迫された人間の今の窮状を訴えなくては、それがたとえ平和的な手段でなくても、と漠然と考えていたのだった。
 もちろん、まだ事件の詳細や犯人の人物像については何もわかっていなかった。しかし、過去の似たような事件から類推して、これは自分と似た境遇の人物が起こした事件だろうと思ったのである。
 淳は思わずテレビ画面に見入った。VTRが何度も流され、レポーターが同じようなことを何度も何度も繰り返し話している。淳はまるで自分がその場にいるかのような興奮を覚えた。それは言葉にはならなかったが、憂うつで退屈で無目的な日常を過ごしていた彼に強烈なインパクトを与えたことは間違いなかった。食い入るようにテレビを見つめ、どんな些細なことも聞き漏らすまいと、全身の神経を尖らせた。
「まったく、やあねえ、こんな事件ばっかり起こって」
 ため息とともに、一緒にテレビを見ていた彼の母親が脳天気な声を出した。
 淳は没頭していた自分の世界から現実に無理矢理引き戻されたような感じがして、腹が立った。
 こいつは母親のくせに俺のことを何も理解していない。小さい頃からずっとそうだ。自分が働いていて職場でストレスがたまっているからといって、散々俺に八つ当たりしやがって。毎晩、「この役立たず!」「お前なんかうちの子じゃない!」と絶叫していたのは、今なら絶対に「精神的虐待」に当たるところだ。あの時のことは一生忘れないぞ。いつか必ず復讐してやるんだ。
 そこまで考えると、突然、今まさにそれらの言葉をぶつけられたかのような、打ちのめされた感覚を覚えた。それは次第に怒りへと変わっていった。
「ちくしょう」
 そうつぶやいた次の瞬間、当時感じた屈辱や恐怖がさらにはっきりとよみがえってきた。くすぶっている火に空気が送り込まれて燃えあがるように、怒りの炎の勢いがうわっと強まった。
 こいつ、ぶっ殺してやろうか。いや、それじゃああまりに大したことがなさ過ぎる。目の前で起こっている事件に比べて、母親を殺しました、なんて、家庭内のゴタゴタだと思われて終わりだ。くだらない。どうせやるならこの事件のように、いや、それ以上に社会を震撼させるような事件を起こしてやる。それが、こいつに対する復讐にもなるんだ。
 そう考えて、また、一人気分が高揚していくのを楽しんでいた。

 淳は二十八歳。定職には就いていない。フリーターというやつだ。日雇いで、イベント会場の設営や会場整理などに派遣される、日雇い派遣労働者。
 淳の世代は大学卒業の時、ちょうど超氷河期といわれる就職難の時代だった。淳も、自分のやりたいことが明確でないままに何社も面接を受けたが、おそらくそれが面接官にはすべてお見通しだったのだろう、ことごとく不採用となった。結局職が見つからないまま卒業してしまった。
 卒業後は、一応大学卒なので、学習塾で講師をしてみたが、大学のサークルの延長のようなノリの雰囲気になじめなかった。実際講師のほとんどは大学生で、しかもすでにその中でグループというか、派閥のようなものが形成されていて、その中に入っていくのは困難だった。コンビニのバイトでは、サービス業なのに、笑顔の少なさに驚いた。店長もそうだが、淳の教育係だった、店の中である程度の地位にあるらしいベテランのクルーも、客に対しても他のクルーに対しても笑顔を見せなかった。淳は一生懸命笑顔で店の雰囲気を明るくしようと努めたが、そうすればするほど一人浮いている感じになって、長続きしなかった。
 要するに職場で人間関係がうまく築けなかったのだが、淳本人の能力が欠如しているというよりは、周囲の人間に、新しく入った人も気持ちよく働けるように配慮するという姿勢が欠けていた、というのが淳の分析だった。その職場を離れたあとも、仲良しグループで固まる大学生講師や、笑顔を見せないコンビニのクルーを思い出しては、憤りを覚えることさえあった。だが、その時には決まって、それは自分の甘えで、社会なんてだいたいそんなもんだ、そういう社会に順応できない自分が悪いのだ、詰まるところやはり自分の能力が足りないのだ、と自分を責め、恥に思う気持ちもセットになってわいてきた。しかも悪いことに、大抵の場合、自責や恥の気持ちの方がより強かった。
 そういうわけで、結局、人間関係も基本的にはその日限りの日雇い派遣に落ち着いたのだった。

 その日の夜には、どうやら秋葉原の犯人は暴力団組員などではなく、日雇い派遣で職を転々としてきた男で、最近職場で小さなトラブルがあったらしいとか、リストラされそうだったとかいった情報が入ってきた。相手は誰でも良かったと話している、ともニュースは伝えていた。インターネット上の掲示板にもいろいろ書き込みをしていたらしいということも徐々にわかってきた。
 ああ、やっぱりそうか、と思った。仲間がいたのだという安心感と、先にどでかいことをやられてしまったという、ライバルに敗れた時のような屈辱とがないまぜになった気持ちで、再びニュースを見入った。
 母親が、
「日雇い派遣じゃ、あんたと同じねぇ」
 と素直な感想とも嫌みともつかない言葉を発した。淳は、その言葉の裏に悪意を感じてムッとしたが、昼間と同じく、こいつにいちいち殺意を覚えていたら身が持たない、と思って、何も答えなかった。
 テレビは一時の狂乱状態は収まって多少冷静さを取り戻したものの、繰り返し事件当時のVTRや、犯人像についての報道を流していた。これが初めてではない。似たような「キレる」若者による殺人事件が起きるたびに、何度も見た光景だった。
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昨年の夏に書いて、群像新人文学賞に応募し見事落選した作品を公開したいと思います。

中央大学教授殺害の犯人が捕まりましたね。
その犯人、現在28歳、2004年大学卒だそうです。
つまり、僕と同じ世代で、今回書いた作品の主人公とも同世代です。
そして、僕の書いた作品でも、主人公は些細なことから暴走します。
中大教授殺害の犯人がどんな気持ちで犯行に及んだかはわかりませんが、僕と同じような年齢の人が、僕が頭の中で考えていたようなことを本当に実行してしまった、ということらしい。
今、この作品を公開することで、何かを投げかけられるかもしれない。
そんな気持ちで、公開します。

本当は、もっとしっかり推敲して加筆修正すればもっといい作品になるんじゃないか、と思います。が、いつ加筆できるかもわからないので、このままお蔵入りするよりは、たくさんの人に読んでもらいたい、と思います。
ブログから書籍化されたものもありますしね。万が一書籍化されたら、その時に加筆修正でもいいし。この作品を本にしたいという奇特な編集者様がいらっしゃいましたら遠慮なくおっしゃって下さい!(笑)

冗談はさておき、6回シリーズ、不定期更新でお届けします。
カテゴリーに「一人、火の玉」を追加しましたので、そちらを選んでいただくと、新しい順に上から並びます。下の記事から読んでいって下さい。

なお、この作品はのちほど(気が向いたら)ホームページにも掲載いたします。

感想など、各話コメント欄、メール、掲示板などなんでも結構ですのでお寄せいただければ嬉しいです!

それでは、どうぞ!

一人、火の玉(1)


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プロフィール
HN:
大澤唱二/元多摩
年齢:
36
HP:
性別:
男性
誕生日:
1980/06/25
職業:
NEET
自己紹介:

創作歴
・中学生の頃、国語の先生に書いた小説をほめられて気を良くし、執筆を始める。
・高校では図書館に入り浸り、多くの仲間と出会う。
・ひとつ上の代の防人因果氏に続き、書いた小説を小冊子にまとめて図書館に置くという活動を行う。
・ものの弾みで「全国高校生創作コンクール」優秀賞を受賞してしまう。
・大学でもちょろちょろ書くが鳴かず飛ばず。
・2008年になって創作を再開、日本文学館の小さな賞の月間優秀賞をもらうがその後は連絡が来ず。まあ来なくていいけど。自費出版するお金なんてないから。
・群像新人文学賞に応募中。発表は2009年5月。

赤黒歴
・2001年の最終戦、セレッソ大阪戦@札幌ドームが初観戦。
・その後年々観戦回数が増え、2006年に最大に。アウェイも結構出没する。
・2007年は東京に移住したため若干減少。2008年はチームの成績が振るわなかったためさらに減少。
・OSC「蹴遊旅人」に所属しています。

ドールズ歴
・コンサドールズとは、コンサドーレ札幌専属のダンスドリルチームである。札幌のホームゲームで登場して華麗なダンスを披露。観客を魅了し、試合開始50分前のダンスでは、「アウェイドールズ」と呼ばれる、コンサドールズと一緒に踊る一団がアウェイ側B自由席(一番安い席)に登場、札幌ホームゲームの名物となっている。
・コンサドーレがJ2最下位に低迷した2004年、アウェイドールズの存在に気がつき、一度参加してみたのが運の尽き。
・その後はホームゲームごとにアウェイドールズに参加。そのうちに、ホームゲームに通う主な目的はドールズになったとかならなかったとか。
・札幌を離れてここ2年はすっかり寂しくなりました……。
・それでも札幌でホームゲームを観戦する時は必ずアウェイドールズに参加しています!それが札幌に行く目的ですから!
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